中国茶的日々

2005年に上海田子坊で中国茶の店『臻茶林』を始める。北京南鑼鼓巷、浙江省烏鎮、江蘇省天目湖に支店。

聖人君子に政治なんてできません

 
だって、喜ぶ人がいる影で面白くない人もいるのが世の中です。
ある政策が全ての人にとって益になる、なんてことはあり得ない。
それを多数決で決めるのが民主制なら、少数意見だろうと為政者が将来的にそちらの方が大事だと思ったら施行できるのが君主制とも言えます。
 
日本にいる日本人はおおよそ民主主義というのが政治形態として最高と思っている。
というか今の日本人はおそらく民主主義以外選択肢は考えられない。
でも私は今の日本の政治を見ていると、本当に民主主義というのが他に比べて優れているのだろうか、という思いも正直あります。
 
民主制と君主制は古代ギリシャの時代から比較されていました。
ヘロドトスの書いた「歴史」という本の中でも検討されています。
利点や問題点は全く現代と同じ、つまり2000年を経ても答えが出ない問題であります。
そこでは決して民主制は優位だとはいっていません。
 
実際「歴史」の中でエジプト王国に触れ、
「エジプト人はバカだ。奴らは地球が太陽の周りを回っていると本気で信じている。」
という記述が印象深かったです。
また都市国家アテナイは市民全体で討論し政策を決めていきましたが、
そのうち国が豊かになると市民は自分の私利私欲を主張するばかりで衆愚政治に陥り効果的な政治が行われなくなり、最後はマケドニアという王国に滅ぼされてしまいます。
 
私は今中国に住んでおり、肌で中国を感じています。
日本と比較して良くも悪くも政策の実行がかなりスピーディーです。
やってみてやばいと思ったらすぐ変える。
新しい法律を決めるときには事前に公開し、識者や市民の意見を求めることも時々やっています。
 
これまでの中国は皇帝の専制政治であり今は共産党一党独裁で外枠はほとんど変わってないように見えますが、
変わったのは世襲制でなくなったこと、
そのためトップに立つにはあらゆる手段で味方を増やし政敵を陥れることが必要で、
そういう魑魅魍魎の世界をくぐり抜けた政治能力のある逸材だけが首席になれるので、
相当手練手管に長けたものだと言えます。
世襲制じゃないのでバカをトップにしてその下でやりたいようにやる腹黒い臣下も出にくい。
 
特に習政権になってからそれまでのようにアマアマぬるぬるを認めなくなった。
バブル後の日本の花柳界のようにいきなり官官接待が無くなり巷は一気に温度が下がりました(領収証をくれという大きな飲食費がかなり減った)。
軍部の締め付けもきつくなり軍が一般に軍所有物件を貸し出し大家として利益を出していたのですがそれも数年前に一斉に禁止となり、
軍人が儲かるという場面もかなり制限されました。
 
政治にかけてはアメリカの大統領よりよっぽど博学で老獪だと思います。
北をそそのかしてトランプをおちょくっているように私には見えます。
プーチンもガンガン政敵を殺してきた強者なので、今は安倍さんも軽く乗せられて大変なことになっていますが、
それと対等にやり合うだけのずる賢さは持っている。
 
おそらく、今の共産党幹部は中国が民主主義になったら収まりがつかなくなることを知っている。
民主主義になったら中国は四分五裂して、昔のような隣国同士の小競り合いとかが増え社会不安が訪れると思っている。
そうしないために現体制を維持し続ける、そのために民主主義活動を抑え込んでいるのではないでしょうか。
そこには民主主義が最高の政治システムだという発想はハナからありません。
 
ウィグルとかチベットとか、無理しないで独立させてやれよとも思いますが、
それやっちゃうと中国には50くらい少数民族がありますので、あちこちで蜂起が始まるでしょう。
それで無理して抑え込んでるんじゃないでしょうかね。想像ですが。
 
私も別に中国の代弁者じゃないので、研究しているわけでもない普通の生活者の感想に過ぎませんが、
どっちも見てるから逆に日本で生活している人よりも少し広く見えるんじゃないかと自分では思っています。
 
敵を知り、己を知れば、負けることなし。
でもとどのつまりは敵も己も人間なんです。

リストラが日本経済をズタズタにしたのでは

 日本は戦後終身雇用方式で経済的に奇跡の躍進を遂げました。

 その後バブルでコケてやれリストラだ、実力主義だ、ヘッドハンティングだとドライで殺伐としたシステムを取り入れたけど、 一時的に一部回復したかもしれませんが全体的に見ると全然良くなってませんよね。 終身雇用制とか、談合とか、悪く言われますが、本当にそれらが原因で日本経済は力を失ったんでしょうか?

 私には、欧米的なドライな実力主義よりも、 チームワーク重視の日本式資本主義経済の方が日本にあっているような気がします。 理屈だけじゃなく気持ちの入った経営。 お客様を騙して売ったり、わざと長持ちしないものを作って買い換えさせたり、 そういう経営方法には日本人はなじめないんじゃないかな。

 私は今中国に住んでいますが、そういう経済風土にはほとほと疲れます。 しかも今や中国人でさえも本物、良い物を求めて国外に出て買って帰る有様です。 ものを大切にする、お客様を大切にする、スタッフを大切にする経営を日本から世界に発信してもらいたいものです。

労働は押し付けられた義務だ

 価値観の多様性に厳しい日本社会において、 ある日ふと疑問が湧いて授業をサボる、というのは私も経験したことがあります。 引きこもってしまうのは相当ダメージが大きかったということでしょうか。

 自分は世の中の一員である。 この世界がなければ自分は無かったし、自分が消滅するときは自分の見ているこの世界も同時に消滅してしまいます。 実際には自分が居なくなっても世界は残っているのですが、 そんな残っている世界なんて消えゆく自分にとっては何の意味も持たなくなる、 自分にとっては消滅するのと同じです。

 たまたまこの世に生まれてきてしまった。 なぜ生まれたかなんてわからない、 でも生まれて自分がここに存在する以上は自分というものがあり、世界があり、 ならば毎日楽しく有意義に「与えられた時間」をつかいたい。

 自分の道程を想起してみました。 自分は束縛されることなく自由に生きてこられたので引きこもりにもならなかった。 でも親や社会に道を決められ押し付けの価値観に逆らえずに生きていてあるとき緊張の糸がプツンと切れてしまった、 それでも押し付けられた価値観にさいなまされ自分の存在意義が見えなくなってしまった人たちにしてみれば、 引きこもりとか自死とかそういう形になって現れるのでしょうか。

 「労働は義務」というのは与えられた価値観としてそっぽをむく時期もあるかもしれない。 でも、この世の中の一員である限り、この世の中があって初めて自分が存在しているのであり、 この世の中に恩返しをしたいというのは自然な気持ちなのではないかと思います。 だから労働は義務ではなく、世の中に貢献する手段だと思います。

 ただ、いまの社会は資本主義という価値観にほとんどの日本人が洗脳されてしまっています。 多様な価値を認めたがらない。 認めると資本主義が成り立たないから。 そして洗脳を拒んできた人たちは変人か精神病扱いされるので、引きこもるという形で社会から隠れるしかなかったのではないでしょうか。

 そもそも資本主義は永遠にコストを安くし続けなければ価格競争に勝てない社会なのです。 ちょっと前まで中国は世界の工場といい世界中の企業が安い労働力を求めて殺到しました。 今は中国は巨大な消費市場になってしまいコストが高くなったので、企業は新たなコストダウンのために東南アジアやインドを目指している。 永遠に貧困地域を食い物にするシステムだと私は思います。 というか、もともと自分たちが貧しくて不幸だと思っていない人たちに、それこそ価値観を押し付けてその地域を労働力として育て取り込んでいく。

 そういう資本主義も行き詰まりを感じ始めているころ、マネーに特化した新たな経済システムがそれを引き継ぐ。 資本主義はまだものを生産するが、株やファンドなどのマネー経済はお金が右から左に動くだけで利益が出る。 カネを持っている人とそれを動かす人が儲かる。 何も生産しない。

 もういい加減にしてくれよ!と思う。

 人間って、何のために生きているんだ? 他人に使われ、他人を儲けさせるため?

ニートがこれからの日本を担う

 例えばニートやミッシングワーカーという問題、 彼らは資本主義のシステムからはみ出した人たちですよね。 金もないのに働かない! でもそれはその人たちが資本主義に洗脳されていない、あるいは違和感を感じている、 そうとも言えませんか。

 資本主義は価格競争に勝つために永遠にコストダウンし続けなければならない。 いつまでも貧困地区を探さなければならない。 地球上がみんな豊かになったら資本主義は成り立たないので、 新たに貧困地区を作らなければならない。 あるいは貧困層を作らなければならない。

 今は物を作るコストダウンが昔ほどうまくいかなくなってきたので、 今度はお金がお金を生むシステムで富を増やす人が増えてきた。 お金が右から左に動くだけで利益が出る。 金持ちと、それを操作するものだけが儲かるマネー経済。

 そんな資本主義に対するレジスタントが仕事をしない人たちではないでしょうか。

 かたや政府は資本主義を維持するために更なるコストダウン、海外からのワーカー移民政策で切り抜けようとしています。 このままいくと奴隷制度に似た社会、ガイジンを働かせて富を生み、働かない日本人がそれを享受する模式ができそうです。 有能なスパルタカスが登場して騒乱が起こるのは想像に難くありません。

 日本人はそれを望んでいるのか?

 日本のための資本主義経済じゃなく、資本主義経済のために日本を生贄にしているんじゃ ないでしょうか。

 

 永遠にコストダウンを追求しなければならない今の資本主義から脱皮しよう!

 効率が悪く短期間で大きな利益を生まないかもしれない日本型の資本主義、ユーザーの使い勝手を考え長く使えるいいものを生産し、客も喜び会社も利益が上がりスタッフも気持ちがよく社会貢献をしているという実感を得られる仕事。それはもう資本主義とは呼べないかもしれませんが、個人個人がそれぞれの幸福を追求できる社会だと思います。そんな社会を担うのが実はニートやミッシングワーカーと呼ばれる方達なのではないでしょうか。

 自分にできることで社会貢献をする。できないことを無理やりやらせない。 違いを認めながら一人一人ができる形で社会に恩返しをしていく世の中。

 働きたい奴にはガンガン働かせればいいのに、働くな、休みを取れ、そういってやる気の出鼻をくじく。一方ニートには腫れ物を触るように無視している。なんか働かせたいのか働かせたくないのか、わけわかんない政治だ。

 あるいはコンビニなんて必要ないのかもしれない。 あれば便利だよ、と思わされているうちに何となく必要なもののように感じているだけなのかもしれない。 お弁当のように売れないと捨てられる資源の無駄遣いが減らせれば、 必要なお肉や野菜の総量が減り、無駄が減って値段も高くならないかもしれないし、 第一なぜ安倍総理は毎年物価が上がることを目標にしているのか、 それは今の資本主義を維持するためではありませんか?つまり、お金持ちが順調に儲けられるシステムを維持するためでしょう。

 移民受け入れですが、 これまで歴史上いろんな文化や民族を融合してきた日本のことです、 当然摩擦は起きるでしょうがおそらくそれを乗り越えてステップアップしていくものと私は信じますが、 それより何より今の資本主義という化け物はそろそろ退治のしどきだと思います。 それぞれのライフスタイルを追求しながら社会貢献ができる社会を目指すのが一番大事なことだと思います。

ボーダーレスがエネルギーを減らす

 少なくとも自分の子供の頃までは、生活の中に四季があった。

 春はいちご、春の訪れを感じる山菜が食卓に出る。夏にはきゅうり、トマト、桃、スイカなどが時期になると出てくる。汗をかきながら塩をふって食べるスイカは最高だった。昼の時間が長くなり、外遊びの時間が延長された。秋といえば梨、栗、冬になればミカンとリンゴ。

 今は栽培技術も保存方法も格段の進歩を遂げたことで、あらゆる季節のものがいつでも欲しいときに手に入れることが出来る時代になった。

 これは季節のボーダーレスだと思う。

 冷暖房設備も技術の進歩で日常生活に普及し、オフィスではいつでも快適な温度で仕事ができる環境は、暑さ寒さから逃れて仕事の効率をあげたが同時に季節感を奪った。

 

 人々は快適な室内で熱帯雨林も南極も海底世界さえも画像と音声で旅行ができる。テレビでロシアのW杯を見ながらドイツビールを飲みフランスのチーズを頂きデザートにタイのマンゴーが出る。

 これも国境あるいは地域のボーダーレスと言える。

 

 水は高いところから低いところへ向かって流れる。

 エネルギーは格差によって生まれると言うのは宇宙の法則である。

 負が有り、正があるから電力は生まれる。陰が有り、陽があるから調和もできる。

世の中の技術が進歩し、地域による格差が小さくなるのは素晴らしいことのように思えるが、実はそれは生命力というエネルギーを代償にしていると感じる。

 

 貧しい時代や地域の子どもは貧しさの中で食べたいものや欲しいものが明確に意識されるが、豊かな地域や時代に育った子どもたちには何が食べたい、何が欲しいと言う欲求が強くない。

 貧困地区や後進国の出生率が高いのは単に避妊技術の問題だけではなく、個人や種族の内部の危機意識が種の保存に向かわせているのではないだろうか。逆にいうと、豊かな環境の中では種を継承しようという意識や欲求までもが弱まっている、社会制度がどうとか、経済力がどうとか、言葉にすればそういう理由になるが、私の見解でみればそれらは種の保存に関するエネルギーの減少を弁解する為の体裁の良い言い訳に思えてくる。

 今の日本は100万人近い失業者、また100万人を超えるミッシングワーカーを抱えながらもいわば肉体労働と言えるレベルのワーカーが足りず移民受け入れの方向に向かっている。

 安い給料だろうが食うためにガンガン働かなきゃしょうがねえ!というエネルギーがすでにない。そして無理せずとも親や政府によって命が繋げられるので、いわゆるニートと言われる層は自分の世界から抜け出さず、抜け出そうともせず、あるいは抜け出そうとしても長い時間をかけて培われた無意識が心身に作用してそれをさせない。

 ニートを責めるわけじゃない、せめてもしょうがない。利益のためにどんどん資源を無駄遣いする社会で、有り余る資源が生み出したのだ。時代の落とし子だ。貧しい時代には生まれ得なかった層だ。

 迎え入れられた移民は体力で稼ぎ、そのうち知力でも稼ぐようになり経済力をつけてくると今度は日本人に妬まれるようになる。彼らのお世話になりながらも彼らが自分より豊かになると陰口を叩きたくなるのは国を問わず人間の悲しい性。少なくない日本人が生活保護や年金で細々と暮らし、移民たちはよく働きよく稼ぎよく税金を収め、大手を降って跋扈する図が想像に難くない。

 

 諸行無常の響きあり、奢れるものも久しからず。日本人はみんな知っているはずだ。

 繁栄の後の衰亡を諦めて受け入れるか、運命に抗うべく敢然と立ち向かうか。人口は減り高齢化の進む日本で近い将来再び繁栄に向かうという構図は、政治家が何と言おうとも今の所考えられない。資源を輸入に頼る日本において、膨大な天然資源が見つかったとか、有効な持続可能再生エネルギーが開発されるとか、大事件がない限りはあり得ない。

 

 大局は以上のごとく決して楽観的なものではない。

 ならば自分はどうするか、各論は自分で構築するしかない。

 衰亡に向かう世の中で絶望して命を絶つものもいる。自らの不遇を社会のせいにして無差別に道連れを伴い破滅するものもいる。なるべくエネルギーを抑えて穏やかに乗り切るものが増える。社会の風潮に流されず自らの能力を最大限発揮して生き抜いてやろう!というものも中にはいる。

 要するに、どんな社会情勢だろうと、自分の人生は自分のものだ。どんな境遇であれ自分が自分の主宰者でなければ意味がない。それはある意味大変なことで、何か別のものあるいは宗教やカリスマに頼りたい、他人に言われた通りに実行しているのは楽だ、自分に責任がないから。ただ、それで自分の人生と言えるのか?オウム真理教やいろいろなカルト系宗教はそういう心の隙間をついて信者を増やす。

 私の答えは簡単。

 同じ一生与えられた時間なら、なるべく笑っている時間を多くしよう。笑っていても泣いていても、恨んでいても時がくるとこの世とおさらばしなければならない。ならば辛い時間をなるべく減らして楽しい時間をなるべく増やし、死ぬときには「ああ楽しかった」と言って去りたいものである。

今いいなと思ったけど、それなんだっけ?

明るい雰囲気で令和が開けました。

これまでは御崩御に伴う元号刷新だったのでなんかしめやかに改元されてましたが、

退位も即位もご健康のうちに行われた方が気持ちよく新元号を迎えられます。

 

上海の地下鉄に乗ると、みんな俯いている。

中には目に涙を溜めていたり、ニヤニヤしてたり、指を頻りに動かしたり、虚空を見ながら話してたり。

 
空き時間を利用してスマホで好きなドラマを見たりゲームをしたり、
上手く時間を使っているようなつもりでいますが、
あの瞬間ってそこにいながらそこに居ない。
体だけ地下鉄の中にあるけど、魂はそこにないんですよね。
そうう人に囲まれると空恐ろしくなります。
何らかの身の危険が迫っても気づかない。
自分が降りる駅に着いたことすら気づかない、
足元に置いた買い物袋のことも忘れて慌てて飛び出していく。
 
例えば昔は電車で新聞や漫画を読んだり音楽をイヤホンで聴いたりしている人も少なくなかったですが、
今ほどの比率ではなかったような気がしますね。
あるいは寝たり寝たふりしたりしている人もいましたが、
車両内の全員が目をつぶっていることもありませんでした。
そういう人がいてもいいけど、
今の上海では90%以上の人がみんなスマホ眺めているというのが気持ち悪いです。
 
それに当時漫画を電車で読んでいる人も、
仕事中の空き時間にふと漫画を取り出して読む人はいませんでしたが、
今はありとあらゆる空き時間がスマホに吸い取られる。
もっともスマホを通して調べごとをするのか、連絡をするのか、ゲームをするのか、
目的は違ってもデバイスは全て一つのスマホで行われる。
中国では買い物もレストランも全てスマホで支払う。
 
いわばスマホはその人の分身とも言えます。
その分身がネットで世界につながっていて、
プロがその気になればあらゆる情報がハッキングされて公開や悪用されるリスク、
銀行の口座もスマホで管理、
顔認証で誰がいつどこにいるかもすぐに把握される、
もっとも携帯の電波と内臓のGPSで現段階でも目をつけられたらバレバレですが、
心も体も財産も常にネットで繋げられているというのが今の時代では無いでしょうか。
 
いやですねえ、
私のようなアナログの旧タイプの人間にとっては。
私もこちらにいる以上はスマホなしでは行動がかなり制限されるので使ってはいますが、
本音は昔式でいい、昔の方がいい。
日本の現金主義を遅れていると思っている人がほとんどだけど、
私は実はそう思っていない。
できるものならそうしたい。
お給料を口座に振り込むより現金で手渡しの方がリアリティーがあっていいと思います。
じゃないとなんか誰がくれるのか忘れてしまいそう。
 
便利になる、
それはイコール人間が原初に持ち合わせたあらゆる能力が退化していくということだと思います。
危険察知能力、緊急時の対応能力、体力、記憶力、思考力、洞察力、視力、
 
リテラシーという言葉が一時はやりましたが、
今まさに、自分を見失わないためにはスマホリテラシーが必要です。
スマホに振り回される人間は言われたことを上手くこなせばいいという消極的な被雇用者になり、
スマホをコントロールできる人間は仕事を楽しみ創意工夫をして独立した人になっていくのではないかと思います。
休み時間、空白の時間というのは実はとても大事です。
その間に脳内ではいろんな情報が整理判断されて、新しいアイデアや応用が生まれます。
スマホはある意味その時間をなくし、常にインプットし続けて整理する暇もなく新たな情報が入ってくるのでそのまま忘却という形で前の情報は廃棄される。
あれ、今見ていいなと思ったけど、それなんだったっけ?ということになってしまいます。
 
誤解の無いように一言付け加えますが私は被雇用者を見下しているわけではありません。
被雇用者も社会には必要だし、そもそも性格的に被雇用者に向いている人もいます。
みんな懸命に生きてる。
その意味では平等だと思います。
 
寺山修司のようにそのうち「スマホを捨てよ、街に出よう」という風潮が遠からずくるでしょう。
実際スマホを持って旅行に行っても、
写真は撮れてアップできるのはいいですがそれ以外は日常と同じようにスマホで友人の日常をのぞいたり会話したり、
さらにゲームや連ドラなんかを開くに至ってはもう日常と変わらない。
旅の醍醐味を味わうことなくポイントビューで写真撮るための移動でしかない。
わたし的には非常に残念です。
 
アップルが脚光を浴びてから、今やこの流れは世界の潮流なのでしょうか。
確実に言えるのは世界中に頚椎病の患者が増えること。
しかしあるいはもう携帯を見下ろさなくても3Dで目の前の空間に情報が投影されるような時代が来るでしょう、これも遠からず。
そしてあるいは世界中の政治家たちにとってはそうやって国民の思考能力が奪われることが実は彼らにとっては都合が良いのかもしれない。
そんな中でスマホの害悪を唱える者は上からも周りからも異端者として歓迎されないかもしれない。
 
月並みな結論ですが、
最善策はスマホを使わない。そうすれば頚椎病のリスクはかなり減り、少しだけでも携帯の発する電磁波を軽減できる。
わたしはこの電磁波も人によってはかなり心身に影響を与えていると思っています。
エビデンスはありませんが、インフルエンザのタミフル服用で子供が自殺するリスクが高まると一時報道されていましたが、
現代人は過去に存在しなかった様々な環境に晒されていますし、それがどう心や体に影響しているかなんて誰も証明できないでしょう。
遺伝子組み換え作物や、化学合成添加剤、電気製品の発する電磁波など、
単独では無害であるとされていてもそれが複合するとどういう反応を起こすかわからない。
たとえ人が安全だと言っても自分が危ないと思うものには近づかない。
(原発神話とか残留農薬だとか合成保存料とか「安全」はいっぱいあります。)
危険察知能力の基本です。
 
次善の策はなるべく使わない。
仕事や学習あるいは日常生活で使わなければならない現代ですからスマホを持たないというのはかなり難しい。
そこに娯楽や暇つぶしでのスマホ利用が入るともう収拾がつかない。
そこがスマホリテラシーでどこまで自分をコントロールできるかが鍵だと思います。
 
それができなければスマホの奴隷となりなんでもいうことを聞くしかない。
スマホが提供してくれる終わりない娯楽に身を投じ、
そうすることで現実の嫌なことや面倒なことが全て忘れられる悦楽の世界に甘んじてこもるしかない。
アヘンか?
人の言いなりって、楽ですよね。
なんでも言われたことさえしてればいいんですから。
口先でめんどくせえなあとかブーブー文句言いながら。
政治家の求める真の国民の姿は、これだ!
なんちゃって。
 
それでは今日はこの辺で。

2019年旧正月のお寺参りin上海

2019年が開けました。

中国は元旦に新年の挨拶をしますがそれは予行演習みたいなもので、

本番は旧正月。

今年は2月5日が旧暦元旦でした。

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上海の七宝寺。龍華寺など有名なお寺に比べて参拝者が少ないのでここ数年年明けのお参りはここに行きます。

そして今日は旧暦1月5日。財神(商売の神様)の誕生日とされており、参詣者が多い日です。

まず、境内の売店でお線香やろうそくを買い、本堂の前の焼香所にお供えします。

 

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お線香の点火。

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線香というより、棒香と言ったほうがしっくりくるデカさ

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火がついたら線香を持ったまま合掌し、東西南北四方にそれぞれ3礼する

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財神に読経中のお坊さんたち。


お坊さんは妻帯しません。ちゃんと勉強して佛教大学を卒業して初めてなれる、いわば資格の必要な職業のようです。

それでは本堂を参拝します。

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御本尊を中心に、いろいろな仏や神様がいらっしゃる

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左右の壁際に仏弟子たちが並んでいる

 

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本尊の光背の裏側には仏教を守るたくさんの神仏像

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七宝寺の仏塔

本堂のお参りを終え、隣にある7階建ての塔に登ってきました。

螺旋階段で登っていきます。

各フロアに薬師如来、文殊菩薩などいろいろな仏様がいらっしゃいますが、

最上階は科挙の試験に合格するのにご利益のあるという神様で、日本ではお目にかかったことがありません。

さすが1000年続く受験戦争の歴史を持つ国のお寺です。

 

そして毎年お正月のお寺参りの締めはこれ。

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お寺の食堂でいただく素麺。肉抜き餡かけ麺です

全てのお参りを終え、最後は中国独自の弥勒様が見送ってくださいました。

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日本の弥勒菩薩とは似ても似つかない。うじゃうじゃ虫のようにいる子供が特徴です

鉄筋コンクリート造りの本堂や仏塔、金ピカの仏様たちに囲まれると、

現世利益でお金持ちになれそうな気になるかも知れません。

 

上海観光の際にはぜひお寺参詣をお勧めします。

ネタがたくさんあります。

お題「今日の出来事」

お題「行きたい場所」

日本の民主主義は死んだか?

「政府は国民の親でないのか」翁長氏妻、ゲート前で憤る(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 

スピーディーな中国の一党独裁をみていると、

日本は何をするにも遅いと感じていましたが、

(悪いところもいいところもあります)

最近は外国からの安い労働力を受け入れる法にしろなんだか早すぎるんじゃないかと思う。野党じゃないけど、今ある問題を十分に討論しないでとりあえず受け入れましょうとか、中国を模倣してるのか?

日本は民主主義ではなかったか?

これまでの日本なら地元を説得して根回しして形の上でも合意を得てから始めていたのに、

辺野古埋立ては反対意見を全く無視かい?

しかも知事選で県民の意思は示されているはずなのに、無理やりやるかい?

何を焦る安倍総理、

民主主義のルールを破ってまで。

それで日本は美しい強い国になるのかい?

ちょっとおかしいぞ。

お題「最近気になったニュース」

氷河期は始まっている

お題「最近気になったニュース」

今日本に帰ってきて、故郷の町の変貌ぶりに改めて感慨深く思いを巡らせているところです。
 
稚内は漁業の町で、
今をさること30年以上前、200海里のあおりで漁業が衰退を始めました。
減船の代わりに国から出た補償で水産会社が建てた大きなホテルがいくつか、
そのホテルの一つが今月5億円の負債を抱えて倒産。
理由は施設の老朽化で改装する資金を銀行が出さなかったこと、
新しいホテルチェーンが進出して客が分散したこと、
そういう変化にうまく対応できず、過去の栄光にあぐらをかいたまま座して死を待つことになってしまった。
そう私は感じました。
 
同時に、新しい綺麗な店もちらほらとできていて、
今まさに氷河期に突入し、バブルでできた巨大な恐竜たちが死にゆくと同時に新しい世代が芽吹き始めた、
そんな感じを受けました。
人口は年々減っていくけれど、
そう簡単には完全に息の根は止まりはしない、
じわじわと若い世代が台頭し始めている、
そして彼らが新しい形を作っていく。
残念ながら私の世代はバブルにしがみつくように新しいムーヴメントを起こすことはできなかったけれど、
徐々に若い世代が変えていってくれる。
そんな希望が見えたような気がします。
 
今は大手の企業がめちゃくちゃになっていますが、
それも一つの時代の終焉を象徴しているように見えます。

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#北海道 #天塩川 #稚内 #新しい時代

中秋の所感 食べるのは今!

夏は疲れる。

ご飯たべるのも、息をするのさえ、体力を消耗する気がする。

エアコンの中にいても一時的には堪えられるが、気休め程度。

生きているだけで疲れるから積極的に何かをやるという気になかなかならない。

 

冬眠する動物がいるのは知っていたけど、

植物には夏眠するのもあるんです。

夏に成長しない。

涼しくなるとまた元気に伸びたり花を咲かせたり。

まあ他人が寝ているうちにガンガン伸びる植物もいますが。

なんか人間と一緒ね。

 

それで、

最近は少し涼しくなってきてやっとクリエイティブに頭が動いてきた。

秋は食欲の秋、夏の疲れとって体力を回復するためにはガンガン食え!ダイエットとか、もっての外。体にとっていまが一番大事なとき!

秋はスポーツの秋、だるさで疲れの溜まっている筋肉を動かし、血の巡りの悪くなったコリの部分を大いにほぐさなきゃ!

秋は読書の秋。脳みそも大いにほぐしてコリをとる必要があります。血の巡りが悪いままだとどんどん頭固くなるぞ!

 

というわけで、

今日は中国茶を飲みながら庭の雑草取りなど始めております。

涼しくなったとはいえまだまだ29度くらいはいくので、

水分補給大事。

 

今日は中秋節。

家族で月餅を食べます。(ここ2日ほど食べておりちょいと食傷気味)

でも月餅はお茶やコーヒーにこれがまたぴったり合うんですよねー。

(内緒の話ですが、お茶よりコーヒーに合います。お茶屋なのであまり堂々といえませんが・・・)

それではみなさん、

この秋を元気にお過ごしください!

 

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写真は上海田子坊店にて

目下の通信状況2018年秋

facebookもtwitterもyoutubeもgoogleも相変わらずつかえないし、

今年になってmixiもだめになった。

lineもできて間もなく使えなくなってるし、

yahoo検索も去年からアウト。

気軽に発信したり日本の友人と連絡をしたりするパイプが細い。

中国国内はWeChat万能で個人やグループの連絡からつぶやき、買い物の支払いまでできるので市場を席巻しているが日本で使っている人はほとんどないだろう。

以前は無料VPNで結構壁抜けできていろいろ見られたが、

最近はそういうのも減り有料で何とかアクセスできる。

ただ、VPN使い始めると膨大な時間を費やしてしまうので、

あえて使っていない。

自分に必要のない情報が多すぎる。

でも面白そうだから読んでしまう。

情報の侵入経路が目に偏りすぎだと自分でも思う。

 

目の使い過ぎですよ。

もっと、耳や皮膚などを使って情報を感じてもいい。

目の負担を減らすのと、使わないと退化しちゃうからそれを防ぐためにも。

 

2018年5月 庭に咲いている花たち (上海自宅)

はまなす〜!

上海のうちの庭にも咲いています。

故郷北海道の海岸にもありました。

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2週間くらい前に花市場で買って来ました。

コツは日当たりと水やりです。

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とにかく、太陽が好き。日当たりが悪いと花がみるみる減っていきます。

 水やりもジョウロでかけてもすぐに流れてしまうので、

乾いたなと思ったら水槽にドボン、お風呂でゆっくりしていただくように土に水を染み込ませます。

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こいつは去年買って来た。

冬の寒さをじっと耐え、ゆっくりたっぷり栄養を蓄え、いざ開花!

直径1センチくらいの小さな花です。

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数日前に入荷。

ラッパ花って中国語では言ってますけど、日本名は・・・

半分影になっている赤い花は金魚花と言います。中国語で。

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紫陽花。

青いのと花弁の先がピンクっぽいのと赤いのと。

どうして色が違うのか、品種が違うのかよくわかりません。

土壌とか日当たりとかで色が変わるのかなあ・・・

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この花はもう終わりかけです、変わった形してます。

ゴールデンウィークに店先においといたら子供達がほとんど花を摘んで持って行ってしまった。悪ガキどもめ〜

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沖縄の花、ハイビスカスですね。

これも去年からうちで冬を越した花です。

黄色と赤あります。

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自分の記録と上海のご紹介でした。

託老所

 

すでに中国も今後急激にやってくる高齢化社会を見据えて動いているようです。

中国の都市部はほぼ集合住宅で、いくつかの棟が集まって「小区」といういわば町内会のような単位を構成します。
上海市徐滙区のある小区の入り口に「託老所」なる場所があり、リコッキョウさんが訪問したというニュースがありました。
老人ホームのデイケア部分を各町内会に設けるような感じですね。
そこで皆さんはスマホの使い方を教わったり、囲碁や将棋、書道など趣味の時間を共有したり、
栄養士の作る食事も食べられるそうです。

老人介護施設が足りなくなる前に、なるべく高齢者の在宅環境を整備しておこうという狙いだと思います。


日本は家族の距離がずいぶん遠くなってしまった今、
地域のコミュニケーショ ンがますます重要になるはずです。


およそ命は孤立すると収束に向かうと思います。
せっかく授かった命、
周囲とかかわりあいながら楽しく最後まで行きたいものです。

 

中国と日本の”うち”

日本語で”うち”というのは必ずしも家のことだけではない。

「うちのほうでは」自分の故郷を指すし、「うちの会社」「うちの学校」を意味する”うち”例えば「うちにはそういう人はいませんねえ…」などは自分の所属する共同体を指す。

目に見えない境界線があって、その線から自分側は”うち”、それ以外は”ほか、よそ、お宅”などになる。

 

中国でもその境界線はあるし、うちとそとの区別は日本より強いように感じる。

うちのつながりはより強く、そととの関係はより排斥的になる。

こちらでは毎年旧正月には都合がつく限り必ず帰省し家族で正月を過ごす。

日本もかつてはそうでしたね。

 

あと、中国はうちの者同士で共有しようという意識が強い。

例えばお酒を飲むとき、

日本は最初の乾杯が終わるとあとはマイペースで飲む。

中国はずっと乾杯が続く。グラスを持ったらたいてい誰かを誘って2人以上で乾杯、一人で淡々と飲む習慣はない。

 

たばこも、日本だと吸いたいときに吸える場所へ吸いに行く。

中国は煙草を勧めるのがマナー、男ならまず相手に煙草を勧める。

たばこを吸わないのに煙草を持っていて、客に煙草を勧める営業マンもいた。

何人かのグループでは、誰かがタバコを取り出して全員に自分のたばこを配る。

 

思うに、それは”うち”と”そと”を分けるためのツールとして使われているようである。

煙草を共有したり、お酒で乾杯したりすることでお互いに”うち”であることを確認あるいは相手にPRして、身内意識を醸成しているのだと思う。

 

あるいは、中国人がバイキングの際に食べきれないほど料理を取って大量に残してしまう問題の根も、そのあたりにあるのかもしれない。

日本だとおかずは一人分ずつあらかじめ取り分けてあるが、

中国はいくつかの大きな皿にそれぞれ違う種類のおかずを盛り、みんなでいただくのが普通で、自分の分だけ準備するという習慣がない。

日本人には自分の食べられるだけのおかずを取り、残さないようにいただくという常識がある。

中国人はおいしそうなものをみんなで一緒に食べようという気持ちが普通なので、それが料理を取るときに自然と食べきれない量になってしまう。

逆に自分の分だけとってきて食べる人は”うち”の中ではちょっと違和感を感じる。

 

中国での人と人との距離感は”うち”がわでは日本より近い、あるいは昔の日本に近いといえると思う。

今の日本の親子関係は、こちらにいる私から見るととても家族とは思えないほど疎遠に見える。

気の使い過ぎ?

もっと甘えてもいいんじゃないの?

家族なんだから。

でも今の日本は個人を尊重する社会であり、親や子供の生活にあまり立ち入らないことがいつからか常識になってる。

 

これはいい悪いの問題じゃなく、最後は好き嫌いの問題だと思う。

日本にいるときは当たり前と思っていたが、中国に来て改めてそう思うようになり、

そして私は多少面倒くさいけれど家族の関係が強い方が好きだ。

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福建人が中国国内でも嫌われている件

以前から日本で犯罪に関わる人が多いと嫌われている福建省出身者。

 

私は個人的にはなに人はどう、という十把一絡げのものの言い方が嫌いです。

中国人に「日本人はこうこうだ」と言われたり、こちらにいる日本人が「だから中国人は・・・」というのを聞いたりするたびに、日本人だって人によってはそうじゃないと思うし、中国人だってそんなのばかりじゃない、と思うからです。

日本にだって時間にルーズで言い訳上手で責任転嫁ばかりしてうそついて人を騙して自分のことしか考えない人、いますよね。(在中駐在日本人の中国人評価はこんな感じが多いです)

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